世界初の民間月面着陸を目指し22年後半に月へと出発―袴田武史(ispaceファウンダー&CEO)
(画像=袴田武史(ispaceファウンダー&CEO)/経済界)

インタビュー

2040年には1千人が月に住み、年間1万人が月を訪れる――。そんな未来を実現しようと宇宙開発に取り組んでいるのが2010年創立の宇宙ベンチャー、ispace(アイスペース)だ。月着陸船と月面探査車を開発し、22年後半には月面着陸、23年には月面探査のミッションを成功させようとしている。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

袴田武史・ispaceファウンダー&CEOプロフィール

(はかまだ・たけし)1979年生まれ、埼玉県出身。米ジョージア工科大大学院で航空宇宙工学修士号を取得後、経営コンサルティング会社を経てispaceを創業。宇宙資源の開発・活用を目指し、月への貨物輸送、月面探査、月での水資源開発などを進めようとしている。2010年からGoogle Lunar XPRIZEに「HAKUTO」として参戦し、現在は日本初の民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導している。

 2020東京オリンピック・パラリンピックを前に、宇宙のニュースが世間を賑わせた。7月11日にはリチャード・ブランソン氏が創業した米ヴァージン・ギャラクティック、同20日にはジェフ・ベゾス氏が創業した米ブルー・オリジン、宇宙旅行事業者のビッグ2が立て続けに有人宇宙飛行に成功したからだ。

 地球上に住む私たちにとって、宇宙が少しずつ手が届く場所になってきているのは確かだ。しかし、宇宙との距離がどれくらい近づいているのか、宇宙ビジネスに携わっていない人にとってはまだ分かりにくい。

 そこで今回、宇宙を取り巻くビジネスの中でも、月での事業展開に取り組んでいるispaceの袴田武史CEOに、同社が描いているビジネスと日本の宇宙開発の現状について聞いた。

月着陸用のランダーを開発

―― 日本の宇宙企業の多くは、地球の上空を周回する人工衛星をつくったり、その衛星データで地球を観測したりするなど、地球を中心とした宇宙ビジネスを狙っています。それに対して、ispaceは地球ではなく月でのビジネスを目指しています。具体的にはどのような事業を展開しようとしているのでしょう。

袴田 私たちは月に産業を創ることを大きな方向性として定め、事業を進めています。月面への輸送事業を本格的に展開するために小型のランダー(月着陸船)を開発中です。1㎏単価で料金を頂き、荷物を月面まで運びます。

 まずは2022年に月面着陸のミッションを成功させることを目指していて、その時に輸送も行います。愛知県の総合セラミックスメーカー・日本特殊陶業が開発している固体電池の他、JAXAの超小型ロボット、アラブ首長国連邦の政府宇宙機関が開発しているローバー(月面探査車)、カナダ企業のAIのフライトコンピューターなどを輸送する契約を結びました。今後はこの輸送事業が大きくなっていくだろうと考えています。

輸送コストは1㎏1億円超

―― 輸送費はいくらですか。

袴田 例えば、米アストロボティックは1㎏あたり120万ドル(約1億3千万円)と公表しています。

―― 最近、宇宙への輸送コストは下がっていると言われます。それでも月となると1㎏単価は1億円を超えるんですね。

袴田 ロケットで打ち上げるだけでは月へは行けません。ロケットから切り離された後、ランダーは地球の軌道から離れて月を目指して移動しなければなりませんので、そのぶんコストがかかり、1㎏あたりの単価も高くなります。しかし月まで1㎏1億3千万円という価格はかなり安く、これまでの国を中心としたミッションでは、その5~10倍かかっていました。個人として考えると1億3千万円は高いですが、以前よりだいぶ安くなりました。

―― ispaceは無人のローバーも開発中です。

袴田 22年の月面着陸の次に、23年には現在開発しているローバーでの月面探査のミッションを実行しようと計画しています。

 最近は世界的に月に対する関心が高まっていて、月の水資源に注目が集まっています。というのも、水資源は飲み水としても重要ですが、水を水素と酸素に分けるとロケットの燃料にもなるんです。水があれば宇宙にガスステーションをつくることができ、そうすると宇宙での輸送の効率化につながります。

月の資源を民間が所有できる状況に

―― 月面で発見した資源を民間企業が所有できるのでしょうか。

袴田 宇宙の資源の所有権は誰にあり、それを売買できるのかは、これまでずっとグレーゾーンでした。国連の宇宙条約には、宇宙について「いずれの国家も領有権を主張することはできない」とあり、そうなると所有権もないし売買もできない。

 しかしここ数年で状況が大きく変わっています。まずアメリカが15年に「月は所有できないけど、月から採取し、動産になった資源は民間企業が所有でき、売買できる」という内容の法律を定めました。そしてそれは宇宙条約には抵触しないと認識され始めています。地球上で例えれば、「公海は誰のものでもないけど、そこで獲れる魚は売買してよい」というのと同じロジックです。そして世界はこれで動き始めています。

 日本でも今年6月に宇宙資源関連法が国会で可決され、私たちも月面探査で発見した資源の売買を合法的にできる状況になりました。このような法律ができるのは世界で4カ国目で、世界の中でも早い動きです。

民間が宇宙開発するからこそ経済が回り持続性が高まる

―― 22年には月面着陸が控えています。その着陸が成功すれば、民間企業として世界初の快挙ですか。

袴田 私たちは22年の後半にアメリカのフロリダから、イーロン・マスク氏が創業した米スペースXのファルコン9でランダーを打ち上げる予定です。ファルコン9から切り離されたら、エネルギーを節約しながら3カ月かけて月を目指します。

 先日、月へ到着した民間企業は出ましたが、彼らは着陸には失敗しましたので、私たちが民間初になる可能性はあります。ただし、私たち以外にも月面着陸を予定しているアメリカの企業がいる状況で、どこが最初になるかはまだ分かりません。

―― アメリカの企業は勢いがあって強そうですね。

袴田 宇宙産業自体、アメリカが主導していますし、アメリカはスピード感がありますよね。

 その要因としては、アメリカでは宇宙産業で民間企業を育てていこうという意志が明確にあるのが大きいと思います。NASAは積極的に民営化を進めていて、月への輸送領域でも、約10年間にわたって毎年2回の月面着陸ミッションを購買するというプログラムを数年前に立ち上げました。プログラムの予算は約2700億円規模で、14社のアメリカ企業が名乗りを上げています。

 またアメリカの宇宙産業は、日本とは規模が違います。NASAの予算は年間約2兆円あるのに対して、2020年度のJAXAは年間約2千億円でしたので、10倍の開きがあります。しかも宇宙開発には軍事予算も関係してきます。米軍ではNASAと同等、あるいはそれ以上の予算が宇宙についていると言われていますから、実態としては、アメリカは日本の20倍以上の予算がある。そうなると宇宙開発の動き方が全く変わりますよね。

 それだけの予算があるからこそ、NASAは2700億円規模の月面着陸ミッションを民間から購買することができるし、それはNASAにとってみれば小さなプログラムの1つでしかありません。しかしそれはベンチャーにとっては大きな市場であり、だからアメリカでは宇宙開発の競争が激しくなり、スピードも加速しやすいんだと思います。

―― 民間企業が宇宙開発をリードすることに意義はありますか。

袴田 非常に大きな意義があると私は考えています。国による宇宙開発は産業的な発展性に乏しく、さらに安全保障との兼ね合いもあり、どうしてもそれぞれの国の利益が宇宙開発の目的になります。しかし民間企業の場合、もちろん国の枠組みを意識する場合もありますが、人間の生活が豊かになることが目的であり、究極的には地球上の全人類の豊かさや地球全体の利益につながりやすくなります。

 さらに、経済的なインセンティブも非常に重要です。それがなければ継続性、持続可能性がないからです。国が税金で宇宙開発をするのもいいのですが、そこに経済が伴わなければ続きません。経済的なインセンティブがあるからこそ産業は大きくなり、産業を大きくしていくことが地球の持続可能性を高めると私は信じています。

60年前の航空機産業のように宇宙の民間への開放が始まる

―― 7月に入ってから、ヴァージン・ギャラクティックやブルー・オリジンが、宇宙旅行事業者として有人宇宙飛行に成功しました。とはいえ、彼らは地上から80~100㎞までの飛行です。地球から約38万㎞離れた月で、2040年には1千人が暮らし、年間1万人が訪れるという未来像をispaceは描いていますが、これはリアリティがあるのでしょうか。

袴田 私はリアリティがあると考えています。確かに、今はまだ誰も月にいませんが、2024年に再び人類の月面着陸を成功させようとするアルテミス計画をアメリカは打ち出しています。そこから勢いは加速するはずです。

 アストロスケールCEOの岡田光信さんは、「宇宙開発は、イメージとしては航空機産業の60年遅れで進んでいるのではないか」という話をしていました。今から60年前の航空機産業は、ようやく民間にも広まり始めたタイミングです。さまざまな技術は軍事利用から始まり、そこから一般利用へ広まっていきました。それと同様に、宇宙もこれから民間にどんどん広がっていくはずです。

―― 世界的に宇宙開発が活発になるなか、日本企業が勝ち抜いていくためには何がポイントになりますか。

袴田 宇宙開発の力は、1位がアメリカ、次に中国、その次にヨーロッパ。そしてその後にロシア、日本、インドが同じくらいに並び始めているイメージです。日本は非常に少ない予算の中で大きな結果を出していますし、宇宙開発に関する機能をすべて持つ数少ない国であり、日本の宇宙産業は頑張っています。小惑星探査機「はやぶさ」も、少ない予算の中であれだけ偉大な成果を残したのは本当に素晴らしい。アメリカであれば5倍くらいの予算をかけてやるはずです。そこにある予算の中で、最大の効果を出すという日本の強みは今後も生かせると思います。

 また、日本が自動車や電機で培ってきた強いサプライチェーンも活用できるはずです。宇宙産業ではこれからソフトウェアが相当力を伸ばすでしょうが、とはいっても宇宙に打ち上げたハードウェアが正常に動かなければなりません。宇宙にあるハードウェアが壊れても直接直しに行けませんので、高品質、高性能なモノづくりが必要になります。それを支える強いサプライチェーンを日本は持っていますので、それを生かしていくことが重要なのではないでしょうか。