リーダーがLGBTを公表 言葉だけでなく行動で見せる
(画像=マイケル・ダイクス・エクスペディア・ホールディングス日本代表/経済界)

ここ数年で日本でもLGBTという単語が広く認知されるようになった。東京五輪の調達コードにも「LGBTの人権の尊重」が入っており、企業もダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)の文脈でLGBTに対する差別やハラスメントをしないことを掲げている。しかし、実態の伴わない標語になってしまっていないだろうか。聞き手=唐島明子(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

マイケル・ダイクス・エクスペディア・ホールディングス日本代表プロフィール

1974年沖縄県生まれ、7歳から米インディアナ州へ。96年マサチューセッツ工科大学卒業。2001年にニューヨークから東京へ転勤になり、03年に日本マイクロソフトへ入社。同社で業務執行役員を経て、15年エクスペディアホールディングス入社、同12月から代表取締役に就任。現在は日本以外に韓国、台湾、中国も統括している。

LGBTであることを公表した企業リーダー

 企業のリーダーはダイバーシティ&インクルージョンについて盛んに語り、自社の取り組みをアピールするが、自らLGBTであることを公言するリーダーは日本にはほとんどいない。LGBTは少なくとも5~8%いると言われているのだから、20人のリーダーがいれば1人か2人はLGBTであるはずだ。カミングアウトするリーダーが見当たらないのは、今の日本社会がLGBTにとって生きづらい環境であることの表れだろう。

 だが、LGBTであることを公表しているリーダーがいる。グローバルに展開するオンライン旅行会社エクスペディア・グループの100%子会社で、日本での事業を担当しているエクスペディアホールディングス代表のマイケル・ダイクス氏だ。アメリカ人の父と日本人の母のもと日本で生まれ、中学、高校、大学はアメリカで過ごした。大学時代に自らがゲイであることをカミングアウトし、就職する時も企業には伝えていたが、20年前、転勤で再び日本へ来てからは、家族や親戚からの忠言もあってゲイであることを伏せるようになった。そしてエクスペディアに転職してから、2度目のカミングアウトをした。

 リーダーがLGBTであることを公表することは、企業経営にどのようなインパクトがあるのか。またこれからの日本企業はLGBTとどう取り組んでいけばいいのだろうか。ダイクス代表に聞いた。

ありのままの姿をさらけ出すリーダーシップ

―― 現在はゲイであることをカミングアウトしています。何かきっかけがあったのでしょうか。

ダイクス エクスペディア・グループに転職する前は、LGBTであることを言えないことに苦しんでいましたが、会社や上司に恵まれ、マネジャーになり、着々と昇進していきました。しかし、どこかでリーダーとしての力の限界を感じ始めていました。

 旧来の企業構造ではリーダーは雲の上の存在で、上から下まで指揮系統が定められ、社員はリーダーの言うことに忠実に従うように慣らされたことが多かったため、リーダーの人間性や弱点を見せることはむしろ望ましくありませんでした。しかし近年分かってきたのは、そういうリーダーシップは、社員の自律性、やる気、可能性、そして何よりもコラボレーションの最大化につながらないということです。信頼に満ちた、現代にふさわしい企業文化を醸成するには、リーダーにはありのままの姿をさらけ出すようなオーセンティック・リーダーシップ(Authentic:飾らず自分らしくある、真の意味で信頼できる)が求められているのではないか、そう考えるようになってエクスペディア・グループに転職するタイミングで再びカミングアウトすることにしました。

 リーダーが勇気をもって、弱いところも含めてありのままの姿を社員に見せれば、社員はリーダーを近い存在として感じるし、本当の意味で信頼の土台ができます。特にミレニアル世代は言われたままに働くというよりは、自分の仕事に意義を感じたい、信頼できるリーダーが描くビジョンに納得して、貢献したいという気持ちがあるんですよね。

―― カミングアウトは経営に何らかのインパクトはありましたか。

ダイクス 私が隠し事のない状態で社員と接しているのが一つの見本になり、組織全体の風通しがさらに良くなりました。自分の本当の姿を見せていいなら、当然自分の本当の意見もオープンに話せる。そういう環境になることで信頼やコラボレーションにつながり、自然と社員のモチベーションも上がり、革新性や生産性に結びついています。
 私がLGBTであることを公言しているのを見て、多様性を重視する職場環境を望む方からの応募も多くなりました。また、外部ではまだ公表できないかもしれないけど、エクスペディアという安全で安心できる職場環境ではカミングアウトするという社員も出ています。

―― 社員の安心感にもつながるというのは大きいですね。

ダイクス そのような社員は、エクスペディア・グループが提供する環境に対してロイヤリティを感じるようで、不用意な離職も減ります。

 またLGBTというテーマは私たちのビジネスにも関係してきます。

 LGBTの旅行市場は非常に規模が大きく、アメリカでは年間6・6兆円、日本でも年間2兆円の規模があると推定されています。またLGBTは、そうでない旅行者に比べて旅行に行く回数が多く、1人当たりの消費金額も高い。今はコロナ禍ですが、LGBTの旅行者はそうではない旅行者と比較しても早く旅行を再開する意思があるそうです。

 LGBTは私たちの組織文化に良い影響をもたらし、かつ実際のビジネスの成績にも貢献する。私にとってはポジティブな面ばかりです。

良かれと思った発言がLGBTを困らせることも

―― エクスペディア・グループは、「LGBTフレンドリー」な宿泊施設を紹介しています。LGBTを差別する宿泊施設があるのですか。

ダイクス 旅行業、特に日本での宿泊業はおもてなしの文化ですので、露骨な差別は少ないと思います。しかし実は、LGBTがLGBTであることを伏せたいシナリオのトップ3が「旅行」「面接」「初対面」という調査結果があり、LGBTにとって旅行はリアルな問題です。

 私自身、過去のパートナーと旅行をしたときは、旅先がLGBTに寛容かどうかをとても心配しましたし、チェックインでフロントスタッフに変な目で見られないかなとか、神経質になったりしました。

―― LGBTフレンドリーな宿泊施設とは、どのような施設ですか。

ダイクス 宿泊施設の従業員自身の考えはどうであれ、職場においては従業員によるLGBT旅行者に対する攻撃・脅迫・侮辱的な発言はもちろん、失礼な言動・行動を許さないということが根本にあります。そのうえで、LGBTの旅行者への配慮を徹底しましょうということです。

 例えば、性別を勝手に決めつけない言葉遣いに努めること。日本語は代名詞などで性別を意識しませんが、英語だとHeとかSheを使いますので、見た目で性別を判断しないようにします。

 また同性カップルがチェックイン、チェックアウトする時には、不愉快な思いをさせないこと。同性カップルがダブルベッドを予約していた時、フロントスタッフは良かれと思って「予約の間違いかもしれませんね。ダブルではなく、ツインではありませんでしたか」と言ってしまうなんてこともあります。しかし同性カップルにとっては恥ずかしいし、みんなの前で大きな声で言われていたたまれなくなる。些細なことですが、とても嫌な思いをします。

LGBTフレンドリーな宿泊施設の基準をつくる

―― 宿泊施設側は準備を徹底しておく必要がありそうです。

ダイクス 宿泊施設から、「どのような基準を満たしていればLGBTフレンドリーと自称していいか分からない」との声もありました。そこで、エクスペディア・グループの中でもLGBTの旅行者にターゲットを絞ったオービッツ(Orbitz)というブランドが中心になってガイドラインをつくり、それを満たしていれば弊社の予約サイトでフレンドリーと印を付けてもらっています。

 エクスペディアの予約サイトでも今年1月から、LGBTフレンドリーの印を付けていただく取り組みを始め、現在はホテルであればグローバルでは約3万5千軒、日本国内では1千軒以上が登録されています。約半年でこれほど集まっていますので、素直にうれしいです。

社員がカミングアウトできる環境をつくれているか

―― 現在の日本社会では、実際にどれくらいLGBTが受容されていると感じていますか。

ダイクス アメリカ人としての目線から日本を見ると、比較的LGBTに理解のある社会だと感じています。

 過去の文学からも垣間見れますが、平安時代の『源氏物語』の中にもそれを匂わせるような場面があるそうです。江戸時代には井原西鶴の『男色大鑑』があり、北村季吟の『岩つつじ』は男色の恋を描いた和歌ばかりが収録されています。そして現代になるとBL漫画が人気だし、LBGTをテーマにしたドラマもある。つまり、LGBTを受け入れる基礎はある程度できている。

 ただネガティブな要素として、日本には「内」と「外」の帰属意識の哲学があります。「外」に関しては自由放任主義だけど、自分が所属するグループ、「内」には迷惑をかけてはいけないし、暗黙のルールも守らないといけません。例えば電通が2018年に実施した意識調査では、20~50代の回答者の78・4%が同性婚を認めてよいと答えていますが、自分の職場で同僚がカミングアウトすることに抵抗がある人は50・7%もいるんです。矛盾を感じるような不思議な結果ですが、社会全体であればLGBTに対して理解がある、だけど自分の帰属する場所では抵抗があるということですよね。

―― 日本企業がLGBTを受容するうえで、今後のチャレンジはどこにありそうですか。

ダイクス 多くの日本企業はダイバーシティ&インクルージョンを掲げていますが、言葉だけではなくて行動で見せることができているかが重要になると思います。例えば女性の活躍では政府も企業も頑張っていて、直近の日本の労働人口を見ると44%が女性です。しかし女性役員はわずか5・2%にとどまっている。頑張っているんだけど、肝心なリーダー層ではダイバーシティが進んでいないという現象があります。

 また、難しいかもしれないけど、社員がカミングアウトできる環境をつくれているか。企業は、「私たちはLGBTに寛容である」と言うだけではなく、組織の中でそれを体現できているかが問われます。

 さらに、台湾は2019年にアジアで初めて同性婚を合法化しましたが、同性婚を法的に認めることは一つの大きなマイルストーンになります。ただその前のスモールステップとして、市区町村などでのパートナーシップ制度の導入や企業の福利厚生の中で同性パートナーシップを認める取り組みもあります。社会の理解がどこまで進んでいるかも確認しながら、一歩ずつ前進すればいいのではないかと個人的に思います。