経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=経済界)

企業が長期にわたり成長を続けるには背骨が必要だ。背骨なき成長は道筋に定まるところがなく、右往左往を繰り返す。この企業にとっての背骨に当たるのが、経営理念であり経営哲学だ。これらは企業にとっての羅針盤となり、進むべき道を示してくれる。文=流通科学大学特任教授/長田貴仁(『経済界』2021年7月号より加筆・転載)

優良企業に息づく創業者たちの経営哲学

パナソニックに生き続ける「素直な心」

 経営理念と経営哲学は似て非なるもの。多くの場合、経営哲学は経営者に備わった属人的なものであり、それをベースにして構築されたのが経営理念ととらえられている。創業者の経営哲学をベースにして練り上げた経営理念を「創業理念」と呼ぶ企業も少なくない。

 創業者の経営哲学を経営理念としている日本企業の代表格としては、パナソニックが有名である。同社元会長の中村邦夫氏は、社長に就任して初めての中期経営計画である「創生21計画」(2001~03年度)を発表したとき、「(創業者である)松下幸之助の経営理念以外はすべて変える」と宣言。言い換えれば、幸之助の経営理念は死守する、ということを強調した。今も「私たちの遵法すべき7精神」は幸之助が定めたときの文言のままだ。

 パナソニックの津賀一宏社長(6月から会長)は、次のように述べている。

 「経営理念とは何なのか。その中で最も重要なものは何なのか。私も社長にならなかったら、あまり、そのようなことも考えなかったかもしれません。しかし、社長になると気にもなります。最も大事なものは何なのか、と」

 では、津賀社長がもっとも大事と思っている松下幸之助氏の経営哲学とは何だろうか。それは、「素直な心」である。

 松下幸之助氏は「素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります」と述べている。

 「世の中はピンチに陥ることもあるが、いつも発展するものだ、という生成発展が世の中の道理として大事。そして、われわれはお役立ちをどこに求めるのかというと、一商人としての心構えを忘れてはいけないということです。お客さまにお役立ちできてこそメーカーであるということです」(津賀社長)

 パナソニックはこのほど、アメリカのソフトウエア会社「ブルーヨンダー」を71億ドル、およそ7600億円で買収し、完全子会社化すると発表した。同社は工場や倉庫と売り場を効率的につなぐサプライチェーンのシステム開発を手掛けており、アメリカのコカ・コーラやドイツの物流大手DHLなど、世界76カ国で3千社を超える顧客を持っている。「素直な気持ち」でB2Bシフトをより明確にしたのだろうか。

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=津賀一宏氏/経済界)

経営哲学を企業の憲法として明文化したセコム

 一方、創業者の経営哲学を企業の憲法(経営理念)として分かりやすく明文化してある具体例としてセコムのそれを紹介しよう。1992年7月、創業30周年を機に、創業者で現取締役最高顧問の飯田亮氏は、セコムグループの社員向けに「セコムの事業と運営の憲法」を自ら執筆した。

 実に分かりやすい文章である。「……ですね」といった口語表現を交え、まるで、社員一人一人に語り掛けているような記述だ。分かる人にだけ読んでもらえればいいというスタンスの学術論文とは大違いである。

 これが、研究者と経営者が使う表現との大きな差である。経営者の公式発言は、どの階層の社員にも理解できる表現でなくてはならない。ましてや、自ら会社を設立し急成長させた飯田氏のような創業者が発する言葉には重みがある。

 私は創業者の飯田氏に何度もインタビューしたが、いつも、条件反射的に素晴らしい表現を口にする。例えば、「どのような会社にしたいですか」と聞くと、「社会と恋愛できる会社にしたい」と返ってくる。その心は、社会を愛し、事業を通じて社会に貢献し、社会から愛される会社になりたい、である。かたぐるしくなりがちな経営の話を、実に文学的に表現する。

 2019年から娘婿の尾関一郎氏がセコムの社長を務めている。飯田氏とはタイプが異なる。飯田氏はカリスマ経営者のオーラが漂っているが、尾関氏は聞き上手なソフトな印象を受ける。飯田氏は80歳になった今も相変わらず元気だが、パナソニックのように、創業者の経営哲学は受け継がれども業績は低迷、というはめに陥らなければいいのだが。

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=飯田亮氏/経済界)

「人」をコアにした経営を展開するダイキン

 大手電機メーカーが不振を続ける中にあって、気を吐いているのがエアコンで国内首位のダイキンである。

 その立役者となった井上礼之会長は「社員がやりがいを持って働き、持てる力を最大限発揮できる『場』を提供することが経営者の使命である」という経営哲学に基づく「人」をコアにした経営を展開している。まさに、野中郁次郎・一橋大学名誉教授が構築した知識創造理論に通じる経営哲学を、全社戦略の原動力にした良い例と言えよう。

 昨今、注目されている女性活用についても先駆的な動きを見せており、既に11年に策定した取り組み方針には、「修羅場で平等に鍛えれば女性も自然と育つ」という井上会長の信念に基づき、「男性同様に修羅場を与えて育てる」と明記している。

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=井上礼之氏/経済界)

アイリスオーヤマの「失敗から学んだ経営哲学」

 ダイキンと同様、強いリーダーシップのもと成長著しい企業がアイリスオーヤマである。同社はもともとホームセンター向けの半透明収納ケースを主力にしていたが、近年、家電製品市場に進出し、差別化戦略を展開し頭角を現している。毎週月曜日に行なわれる会議では、開発や営業の責任者が集まり、大山健太郎会長と長男の晃弘社長が1日で40以上もの新製品案にゴーサインを出す。その結果、つねに新商品の比率が50%を超えている。

 こうした差別化戦略に注力する背景には「失敗から学んだ経営哲学」があった。では、その失敗とは。

 「オイルショックの際、会社は倒産の危機に追い込まれました。ゼロからスタートして10年間で貯めた資産が、たった2年で底をついてしまったのです」(大山会長)

 そこで、大山会長は新たな経営戦略を展開する。

 「だいたい企業というものは好況時に投資して、不況のときに蓄えで食いつなぐものです。しかし私はこのサイクルを断ち切り、不況に合わせた経営をしよう。不況のときに赤字にならない経営をしようと考えました。では、なぜ不況時に赤字になってしまうのか。一つは、需要がなくなる。もう一つは、過当競争で儲からなくなるからです。そこで、われわれは、他社と叩き合いをするよりも、つねに斬新な商品を開発していく戦略にシフトしようと考えたのです」

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=大山健太郎氏/経済界)

日本電産を支える独自の採用哲学

 「不況に合わせた経営」という逆転の発想でアイリスオーヤマは現在の成功を勝ち得た。同じく逆転の発想で「独自の採用哲学」を実践したのが日本電産の永守重信会長である。20年ほど前の経験から次のような例え話をする。

 「『日本電産に入りたい』と思い、日本電産一本に絞って応募してくる三流大学の天橋立大学(仮名)の学生。片や『他の会社に行きたかったけれど不採用だったから、仕方なく来た』と思っている京都大学の学生。2人に採用通知を出したとします。反応は全く違います。天橋立大学の学生は歓喜し、さっそく親に連絡する。母親も赤飯を炊いて祝います。ところが、京都大学の学生は『こんな会社に受かるのは当たり前』と、すました顔でいる。2人が入社したとき、どちらが成果を上げると思いますか。答えははっきりしています。天橋立大学の学生です」

 その理由について永守氏は持論を展開する。

 「天才を別にして、頭の良い人とそうでない人の差は、せいぜい2~3倍程度です。しかし、やる気のある人とやる気のない人では、意識が全く違い、仕事の成果に100倍の差が生まれます。IQ(知能指数)とEQ(心の知能指数)という言葉に置き換えれば、わが社はこれまで徹底的にEQの高い人を採用してきました」

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=永守重信氏/経済界)

SDGsの時代に価値を高める稲盛和夫氏の経営哲学

 永守氏は京セラ創業者の稲盛和夫氏を、大成功した京都ベンチャーの先輩として尊敬し続けてきた。松下幸之助氏亡き今、「経営の神様」と呼ばれている稲盛氏だが、実態は神様というよりも「経営の哲学者」である。

 ロングセラーになった『生き方』(サンマーク出版)の出版記念会があり、発起人として招かれた私は、稲盛氏の表情、話から、また仏門に戻ったのか、という印象を持ったものだ。その柔和な微笑み、静かな語り口、深い人生観、そして何よりも(少なくとも外の人に対しては)腰が低くフレンドリーな姿勢など、とてもビジネスという戦場で修羅場をくぐって来た人には見えない。まさに聖職者の趣であった。ところが、実際は、以前にも増して精力的に社会的活動を展開していたのだ。

 非合理性と合理性の両方を理解し、そのバランスを保ちながら歳を重ねている稲盛氏からは、新しい時代に向けて模索している日本企業の未来を考える上で大きなヒントを得られるのではないだろうか。後継者育成、後継者候補に悩んでいる経営者、そしてリーダーになろうとしている人にとって、稲盛氏がビジネスモデル構築にかけた情熱と行動の軌跡は大いに参考になる。稲盛氏を「合理的」、「思想家的」のいずれかの側面だけを見ていると大きな学びを見落としかねない。

 稲盛氏は「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式をよく示す。

 つまり、能力があっても、それだけでは大きな成果を上げることはできない。そこに「熱意」と「正しい考え方」が加わることで初めて大きな成果につながるという。高い能力と熱意を持った人が誤った「考え方」をしたら、大きなマイナスの成果を生み出してしまうということにもなるという。「人生は掛け算」である点がミソである。

 経営者、ビジネスマンの基礎力として合理性は必須だが、合理性だけで経営を考えること自体が合理的でない――これが稲盛氏から学べる点ではないだろうか。「ビッグデータ」が注目され、ビジネス誌などで「ハウ・ツーもの」が台頭している今こそ、浅薄な合理性追求にとどまらず、リーダー教育においてビジネスに資する教養、すなわち「ビジネス・リベラルアーツ」の重要性を再考すべきではないか。

 このニーズは、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)、ESG(「環境=Environment」、「社会=Social」、「ガバナンス=Governance」)やCSR(企業の社会的責任)の重要性が叫ばれるようになった昨今、ますます高まるのではないだろうか。

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=稲盛和夫氏/経済界)

ドラッカーと近江商人の共通項とは

 イトーヨーカ堂、セブン-イレブン・ジャパン、デニーズジャパンの設立者である伊藤雅俊氏やファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏など、熱烈なドラッカー・ファンが日本の経営者には少なくない。

 ドラッカーの代表的な著作である『The Practice of Management』に「顧客の創造」に関する一節がある。難しそうな言葉だが、要は、企業は自分たちが何を売りたいかよりも、顧客が何を求めているのかを一番に優先して考え、付加価値の高い商品を提供すべき、という意味である。そして、事業を通じて社会や人に貢献するからこそ、企業はその存在が許される、と説いていた。この辺りは、松下幸之助氏の考え方、さらにはSDGs、ESG、CSRに通じるものがある。

経営者個人の哲学が企業の永続的成長につながる理由
(画像=伊藤雅俊氏/経済界)

 思い起こせば、日本では既に江戸期に、近江商人が「売り手よし、買い手よし、世間よし」と謳う「三方よし」の理念を構築している。つまり、適正な利益を確保しながら、顧客に喜んでもらうような商品・サービスを提供し、世間(社会)に役立つことはあっても、後ろ指をさされるような商売は絶対にしない、という商人思想である。

 のれんを大切にする、という老舗の遺伝子も、反社会的行動はサステイナビリティ(経営の持続性)を阻害する要因だとの考えに基づいているのだろう。このような伝統的思想が、日本企業の経営理念にも反映されている。しかし、株主重視経営という言葉が独り歩きし始め、時間がたつにつれ、日本的良さを持つ経営が忘れられているのではないかと懸念されたが、近年、SDGs、ESG、CSRに力を入れると企業の株価が上がるといった新しい市場の動きも顕著になってきた。

 加護野忠男・神戸大学大学院特命教授は次のように指摘している。

 「経営学において実証主義が主流になるとともに、経営の目に見える側面や測定しやすい側面に目を奪われ、客観的にはとらえがたい経営精神は軽視されるようになってしまった」(加護野忠男『経営の精神―われわれが捨ててしまったものは何か』生産性出版、2010年)

 数字だけに神経をとがらせる物言う株主が市場で大手を振って歩くようになった。その結果、経営哲学と経営戦略が分断されるようになってしまった。「経営の精神」の復活が求められる。