「コロナを契機とした歌舞伎座の新たな挑戦」―武中雅人(歌舞伎座社長)
(画像=経済界)

「これからのライブエンタメは、『舞台』『配信』『商品』の3つが三位一体として、どんどん結びついていくのではないか」。こう語るのは歌舞伎座の武中雅人社長だ。自粛期間を経て、これまでは歌舞伎の舞台の脇役的存在だった「配信」や「商品」を起点に、歌舞伎座を活性化しようとする模索が始まっている。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2020年11月号月号より加筆・転載)

武中雅人・歌舞伎座社長プロフィール

(たけなか・まさと)1957年7月東京生まれ。80年学習院大学文学部卒業後、松竹に入社。97年新橋演舞場支配人、2006年演劇本部演劇営業部長、07年取締役、09年事業副本部長、歌舞伎座開発準備室担当、12年常務、16年専務(現任)。14年5月には松竹衣裳会長、19年5月には歌舞伎座社長に就任し、現在は松竹専務、松竹衣裳会長、歌舞伎座社長の3足のわらじを履いている。

5カ月ぶりの歌舞伎公演はどうだったのか

声を出さず拍手だけの公演

―― 3月から7月までの5カ月間、新型コロナウイルス感染症対策のために歌舞伎座は休演していましたが、8月1日に再開しました。お客さまの反応や手ごたえはいかがですか。

武中 初日の幕開きとなる第1部の「連獅子」は長唄もので、普段は幕が上がると「待ってました!」などと掛け声がかかり、それが落ち着くころに三味線の音がベーンと響いて芝居が始まります。

 しかし今は感染症対策で掛け声はかけられません。5カ月ぶりの幕が上がると、掛け声の代わりに大きな拍手が沸き起こり、長唄に入れないほどの迫力で鳴り響きました。それでもなんとか長唄に入ろうとするんですが、演奏に入れないんですよ。通常は1800人を収容している客席には、感染症対策で約830人しか入っていないのに。

 生まれて初めて、「声が出せない時の拍手はこんなに力があるのか」と感じましたし、「ああ、お客さまはこれだけ待っていてくださったんだ」と胸がいっぱいになりました。

 役者をはじめとして衣装・かつら・大道具のスタッフなど、全員が一生懸命になって感染症対策をしてくれています。検温や除菌・消毒はもちろん、1部と2部では全メンバーを丸ごと入れ替えるほどの徹底ぶりです。「ここまでやった甲斐があった」「歌舞伎座が生き返った」という気持ちになる初日でした。

芝居の世界に息づく「か・べ・す」文化

―― 歌舞伎の楽しみの一つに幕あいでの弁当がありますが、現在は感染症対策で客席では食べられないのが残念です。

武中 客席やロビーでのお食事はご遠慮いただいていますが、一度、表に出てから3階の食堂に入っていただければ、幕の内弁当はもちろん、脇屋シェフのふかひれ丼などバラエティに富んだお弁当を召し上がれます。

 また新型コロナを受け、チケットを買って歌舞伎座に入場しなくても、建物外部から売店や喫茶室へ入れるようにしました。

 江戸時代から芝居の世界には、菓子・弁当・鮨の「か・べ・す」文化があります。現在の歌舞伎座には寿司屋こそありませんが、お弁当を食べながら歌舞伎を観て、お土産の芝居饅頭をおじいちゃんとおばあちゃんのために買い求め、友人には手土産をあげて歌舞伎座に行ってきたんだよと話をする。そういうストーリーがあってこそ、歌舞伎座での一日をより満喫していただけるわけですから、この「か・べ・す」文化は守っていかなければなりません。

―― 歌舞伎を観るだけではなく、お食事や土産話など含めて、一日丸ごと楽しむという流れですね。

武中 そのストーリーの中では、「商品」も大切になります。劇場や映画館、コンサート会場などで買ったグッズは、後で見返すと、その時の思い出をよみがえらせてくれますよね。

 緊急事態宣言の間、私は多くの関係者と話し合いを重ね、歌舞伎座はこれからどうしていけばいいのか考えました。例えば、地下2階にある木挽町広場は新型コロナで閑散としてしまいましたが、どんな店舗構成にして、何を売れば再び賑わうようになるのか。そして気づいたのは、私たちは「お客さまに歌舞伎座に来てもらう」ために、歌舞伎という芝居に依存していたということです。

 これまでは「歌舞伎を観に集まった人たちに何を買ってもらうか」ばかり考えていましたが、それは一歩退いた負けの営業だったのではないか。木挽町広場は地下鉄直結で立地に恵まれています。

 例えば人気商品を作るなど、買ってもらう努力がもっとできるのではないか。その試みが7月後半に木挽町広場で開催した「ねこ展」や、喫茶室で提供し始めた大野屋特製かき氷です。これらはミニコンテンツではありますが、1日に100人弱のお客さまを集められるようであれば、やらないよりはやった方がいいですよね。

ネットとライブ、歌舞伎のそれぞれの楽しみ方とは

―― 自粛期間を経て、舞台だけではなく商品でも攻めていく動きが出てきたということですか。

武中 これからのライブエンタメは「舞台」「配信」「商品」の3つが三位一体として、どんどん結びついていくのではないかと私は考えています。

 コロナ禍ではネット配信の市場も大きくなってきました。私は若い頃から、「歌舞伎を観たことのない日本人ゼロ計画」という夢を持っていますが、ネット配信が広がれば、ひょっとしたらこの計画の実現に一歩近づくのではないかと思って喜んでいます。ライブの舞台にはネットでは味わえない楽しみがありますので、「ネットで歌舞伎を観たらライブで観る」という流れにつなげたいです。

―― ネットでは味わえないライブの楽しみとはどのようなものですか。

武中 ネット配信やテレビ、ビデオなどで観る歌舞伎は、演出家の視点で舞台の一部分を切り取ったものであり、鑑賞者には観る場所を選択する自由がありません。しかし本来の芸術鑑賞の醍醐味は、自分が観たい役者を観たい場面で観るところにあります。

 例えばドラマ「半沢直樹」の市川猿之助が堺雅人に詰め寄るシーンでは、テレビ画面には猿之助の表情しか映っていないかもしれないけれども、すごまれている瞬間に堺雅人はどんな表情をしているのか、観たいじゃないですか。歌舞伎でも舞台の端でにらみを利かせている他の役者がどんな表情をしているのか、ライブであれば目で追えます。そこにライブで舞台を鑑賞する素晴らしさがあります。

 松竹では8月26日から、歌舞伎公式動画配信サービス「歌舞伎オンデマンド」を始めました。最初の配信は8月の最新公演だったんですよ。最新公演から過去の名公演まで手軽に視聴できますので、歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」にある専用ページからご覧になってみてください。初めの一歩としてネット配信で歌舞伎を観ていただいた方々が、次はライブで歌舞伎を観たいと思っていただけるとうれしいです。