手塚 治・東映社長に聞く「技術進化は映画制作と宣伝をどう変えるのか」
(画像=経済界)

映画やドラマなどの新たなコンテンツ制作がコロナ禍で滞る中、東映の業績を底支えしたのは過去のコンテンツの多面展開だった。これから撮影現場では、合成技術やデジタルヒューマンなどでコンテンツ制作力を強化するほか、EC事業や宣伝手法でもデジタル技術の活用を積極的に推進していくと手塚治社長は語る。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2020年11月号月号より加筆・転載)

手塚 治・東映社長プロフィール

(てづか・おさむ)1960年3月生まれ、千葉県出身。83年青山学院大学文学部卒業、東映入社。テレビ・映画プロデューサーとして「スケバン刑事」シリーズ、「味いちもんめ」、「科捜研の女」「大奥」などのヒットシリーズを手掛ける。2009年テレビ第一営業部長、10年執行役員、12年取締役、16年常務取締役を経て、20年6月社長に就任した。

ネット配信と詩的財産権活用が東映の業績を底支え

―― 手塚社長が社長に就任したのは、緊急事態宣言が解除された後の6月でした。現在の事業の状況はいかがですか。

手塚 3月に内示があり、6月26日に社長に就任しました。緊急事態宣言中は撮影が完全に停止し、新しいコンテンツ制作ができず、映画館も完全にクローズの状況でした。

 しかし当社には早くから取り組んでいたネット配信事業があったのと、テレビ局でのリピート放送のためのコンテンツ販売が好調であり、またIP(Intellectual Property、知的財産権)をもとにした商品化権を持っていたことが私たちの業績の底支えをしてくれました。

 こうしたコンテンツの2次利用は、東映がコンテンツを作り、その権利を所有していたからこそできることです。多面的な事業展開をする上でも、コンテンツ制作が東映の大命題であると実感しています。

新型コロナが変えた映画製作とビジネスの在り方

劇場公開と同時のネット配信開始は定着するか

―― 撮影が完全に停止していたということですが、現在は撮影を再開していますか。

手塚 テレビ作品については6月に入ってから、順次体制が整ったものから撮影を再開しています。また映画は、撮影途中で停止したものはキャストのスケジュールの取り直しがあるなど、どうしても来年に仕切り直さなければならない作品はある一方で、既に撮影が始まっている作品もあります。

 ただ、全作品の撮影現場に新型コロナの影響が出ています。消毒も徹底しなければなりませんし、三密を避けなければなりません。

 例えば今までは50人乗り1台で賄えていたロケバスは、今は2台にして25人ずつに分けなければいけないとか、あとは撮影でも対面シーンは斜向かいにするとか。撮影技術やコンテ(撮影のためにシナリオをカット割りして俳優の動きなどを書いた撮影・演出台本)も、コロナの影響で変更せざるを得ませんし、制作費にも大きく跳ね返っています。

―― 制作費は具体的にはどれくらいの影響が出ていますか。2倍くらいに膨れ上がるのでしょうか。

手塚 2倍まではいきませんが、作品の状況次第です。撮影途中で来年に仕切り直しするものなどは、かなり制作費がかさみます。予約していたロケ先は、コロナで中止になっても使用料を全額払わなければなりませんし、そこを改めて借り直すとなると、支払う使用料は倍になります。

―― 制作費がかさむのであれば、これまで以上に制作したコンテンツをフル稼働させたいですね。

手塚 フル稼働させたいところですが、映画館は現状、行政の要請で収容人数の半分しか観客を入れられませんので、厳しいですよね。

 同一施設に複数のスクリーンがあるシネマコンプレックスが普及したことで、ヒットする映画は同じシネコン内の複数のスクリーンで時間差で上映されるようになり、作品ごとの当たりはずれが目立つようになりました。

 観客を定員の半分しか入れられない現在は、映画館の数が半分になったようなものですが、変わらず新作映画は出てきます。あまり力のない映画は「1週間で出て行ってくれ」となり、ロングランしたくてもできません。どんどん短い期間で上映作品は入れ替わりますので、今まで以上に勝ち負けがはっきりするようになるはずです。

 映画は今後、回収スキームが難しくなる可能性があります。そこで作り手によっては、回収のために早くネット配信に出してしまおうと考えるところもあるかもしれません。

劇場とネットの同時配信はどうなるか

―― 米国ではユニバーサル・ピクチャーズが4月、劇場公開と同じ日にネット配信する試みを行ったそうです。ネット配信は劇場公開よりコストがかからず、しかも視聴料金を高めに設定したことでそれなりの売り上げになったため、ユニバーサルは今後も同時公開したいと当時アナウンスしていました。日本では吉本興業配給の映画「劇場」が、7月17日から劇場公開と同時にAmazonプライムビデオで配信されています。この動きをどう見ていますか。

手塚 日本で同時公開が一般化するかどうかはまだ分かりませんが、国内では現在、洋画は劇場公開から4カ月後、邦画は半年後から、DVD販売と同時にネット配信を開始しています。

 米国のユニバーサルの件は、その後ユニバーサルと映画館チェーン大手の米AMCが協議を行い、今後は「17日間の興行を経てからネット配信を開始し、その配信の収入の一部をAMCに渡す」ということで話がまとまったとニュースになっていました。これまで米国では3カ月後にネット配信が始まっていましたが、それが17日後まで短縮されたというのは、今後の映画公開の一つの形です。

 ネット配信する立場から見れば、映画館で興行するための宣伝をしてから間もなく配信できるので、今までよりもたくさんの視聴者を獲得できる可能性があります。しかしネット配信を始めた瞬間から興行が減ってしまうかもしれません。グロスで見たときにどっちが良いかということですよね。

デジタル技術が変える撮影現場

―― 新型コロナを契機に、映画公開の流れが少しずつ変わっていますが、コンテンツを制作する撮影現場のほうはいかがですか。

手塚 撮影現場もデジタル化が進んでいます。今はロケの許可を得るのも難しくなっていたり、密を避けるためにスタッフの数を減らしたりしなければなりません。

 グリーンバックで撮影し、そのデータを背景データとリアルタイムで合わせられるような合成技術を、もっと日常的に使えるようにする必要性に迫られています。コロナ前には悠長に「3年先には実現できるのでは」と言っていたところを、今は「来年できないか」と、東京と京都の両撮影所長はリクエストするようになりました。

 また東京撮影所の中には、東映ツークン研究所という映像の基礎技術を研究している部署があり、そこのテーマの1つとしてデジタルヒューマンがあります。髪の毛1本に至るまでデジタル上で人間を再現し、将来的にはシナリオさえあればデジタルヒューマンが芝居してしまうというような技術です。

 ただし、デジタルヒューマンだけで作品を制作するという意味ではありません。ある人物の30年前の回想シーンが映画の中で登場した時、その30年前をデジタルヒューマンで再現するような活用を考えています。

―― デジタルヒューマン技術の実現は、いつ頃を想定していますか。

手塚 まだ研究段階ですが、数年先には実現できているかもしれません。担当者には「5年後にはできるよね」と言っていますが、「ご冗談を」と返されています(笑)。現実では難しいことを映像化できるようになりますので、映像表現が良い方向に変わっていくのではないかと期待しています。

 撮影現場は非常にアナログな世界です。昨年から働き方改革を推進しようとしていますが、作品の制作は人海戦術で行う側面があり、しゃくし定規の働き方改革がなかなか合わず、現場は苦しい想いをしていました。

 そこでこの新型コロナです。非常に厳しい状況ですが、デジタル化できるところはデジタル化し、東西両撮影所をリフレッシュして、コンテンツを作る力をもう一度高めていきたいと考えています。

手塚 治・東映社長に聞く「技術進化は映画制作と宣伝をどう変えるのか」
(画像=経済界)

映画宣伝の手法も進化

―― 撮影現場のデジタル化が急ピッチで進んでいるんですね。

手塚 商品化権の展開に関わるEC、そして映画宣伝の仕方でもデジタル化を進めていきたいです。例えば東映グループのEC事業は、東映ビデオや東映アニメーションなど、それぞれが独自のシステムで別々に展開しています。しかも割と初期に立ち上げたため、お客さまデータの活用など、最新のEC事情に追いつけていない部分があります。

 ネットフリックスの契約をすると毎日のように「手塚さん、今晩はこれを観ませんか」と、個人の視聴傾向などに基づいたレコメンドのメールが来ます。しかし、映画興行ではお客さま一人一人を捕捉できておらず、これまで映画の宣伝と言えばマスに向けて行うのが一般的でした。もし個人を捕捉できるようになれば、個人の趣向に合わせた効果的な宣伝ができるようになります。

 今年2月に公開した映画「犬鳴村」はローバジェットの作品ということもあり、マスに向けた宣伝ではなく、SNSやネットでターゲットを絞った宣伝を展開しました。ポスターにも書きましたが、それが思わぬヒットになりました。これからは宣伝の仕方も、変わっていかなければならないかもしれません。

―― ネットフリックスの話が出ましたが、自粛生活を通じて、ネット配信で動画を観る人が増えました。

手塚 映像リテラシーは相当上がっていると思いますし、これから皆さんの映像を観る目は厳しくなっていくはずです。テレビ局の方々も、「家庭にあるのは『テレビ』ではなく『モニター』だ」と言いますが、ネットフリックスで非常に高い予算をかけて制作した作品、そして日本のテレビドラマ、世界中の過去の映画作品など、すべて同じモニターで観ることになります。

 ただし、映像リテラシーが上がるということは、必ずしも作品の良し悪しについての審美眼が厳しくなるだけではなく、皆さんは「作品を観るのは楽しいんだ」ということを再認識しているはずです。7月17日公開の「今日から俺は!!劇場版」や、同23日公開の「コンフィデンスマンJPプリンセス編」などが大ヒットしているように、映画館で新作を観たいという需要は確実にあります。

 見知らぬ人が同じ空間で同じ作品を観て、ハラハラや感動を共有する。映画館とはそういう装置です。もちろんコンテンツを一番魅力的に提供する空間ではありますが、それを超えた力が映画館にはあります。そこは家庭のモニターでは味わえない魅力だと思います。