大企業から中小企業まで 「在宅勤務」奮闘最前線
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各業界・企業における在宅勤務の実情

電子カルテの扱いがネックのクリニック

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、政府は4月7日に「緊急事態宣言」を発令した。これに伴い、経済界では感染者を増やさないために在宅勤務が始まった。4~6月に各企業がどのように導入し、活用したのか、今後の課題は何であるのか。これらを炙り出す取材を試みた。文=ジャーナリスト/吉田典史(『経済界』2020年9月号より転載)

 在宅療養支援診療所の医療法人社団親樹会・恵泉クリニック(世田谷区、太田祥一院長)では、医師や看護師が主に高齢者の患者の自宅を訪ねて診療、看護をする。患者は、7月1日現在548人。訪問診療部の職員の内訳は常勤の医師5人、非常勤の医師13人、看護師4人、検査技師、薬剤師、鍼灸師等アシスタントや総務の職員19人。

 3月上旬に3人の職員を本人の考えを確認のうえ、在宅勤務にした。3人は検査技師、アシスタント、総務や経理などの事務統括だ。検査技師は検査伝票の振り分けや検査のスケジュール管理をする。事務統括、アシスタントは主に医師のスケジュールを作成し、出勤は週1日とした。事務局長の内田玉實氏によると、3人の作業の出来は、通常勤務時と変わらず、精度の高いものだったという。

 クリニックとして訪問診療自粛の提案を患者や家族にしたが、患者からは「(医師や看護師と自宅で)話がしたい」といった回答が多かった。当初、看護師は自宅から患者宅に直行し、1日の診療を終えたうえでの直帰を検討した。だが、カルテ(電子カルテ)の扱いがネックになった。看護師の自宅でクラウドを通じて閲覧ができても、症状を書き込むことができないようになっていた。

 そのため1日の訪問を終えると、クリニックに戻り、カルテに看護記録など必要事項を記入せざるを得ない。今後の感染拡大を踏まえ、自宅で閲覧し、カルテに書き込むことができる態勢を急ピッチで整備している。

大企業から中小企業まで 「在宅勤務」奮闘最前線
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コンサルティング会社は原則、全社員が在宅勤務

 在宅勤務の導入に伴い、中小企業や中堅企業ではさまざまな問題が生じたといわれるが、業務や働き方に加え、オフィスの在り方まで変えようとする企業が現れた。アルバイト・パートを中心とした採用コンサルティング業のツナグ・ソリューションズ(千代田区、御子柴淳也社長、234人)は、4月8日から在宅勤務を始めた。

 社員の主な職種は営業、内勤営業、求人広告制作、総務、人事、経理、広報など。経営企画室コーポレートコミュニケーショングループの川田ゆきえ氏によると、ほぼ全員が終日、在宅での勤務となり、現在に至るまで残業はほとんどないという。

 導入にあたり社内で懸念していたのが、営業だった。顧客である外食や飲食業は、社内(または店舗)のIT環境が制限されているケースがあり、これらとは電話やファクスで連絡を取り合うことが多かったが、緊急事態宣言の解除以降、メールやオンラインでの意思疎通を依頼した。双方の安全確保の観点から「非接触」を心掛けているためだ。理解を示す企業が次第に増えているようだ。

 川田氏によると対面営業とオンライン営業を比べ、成約に至るまでのプロセスや成約率はほとんど変わらないという。

 同社では2015年から社内文書のデジタル化(ペーパーレス化)を進めてきたため、上司と部下の認め印などのやりとりはスムーズだった。その一方で、在宅勤務のままでは難しい業務プロセスが判明した。例えば契約書の代表者印(法人の実印で、法務局での登記をすることで効力を発揮する印鑑=丸印)を押す場合に、営業部員が出社するケースがあった。

 9月末までは原則、全社員を在宅勤務とする。今後、首都圏の主な都市にレンタルオフィスを借りて、各社員が自宅そばのオフィスへ通勤できることを検討中だ。中期的には本社のオフィスを移転・縮小させることも視野に入れている。

在宅でのスキャンが盲点だった損害保険代理店

 契約書や申込書などの書類が多く、在宅勤務は難しいと長年考えられてきた業界がある。その1つが、損害保険代理店だ。

 ピー・アール・エフ(新宿区)は企業や個人の財務のリスクマネジメントや損害保険のコンサルティングをする。現在、社員は12人。

 同社では4月8日から非常時の勤務シフトを組んだ。営業の5人は、自宅での在宅勤務(5月31日まで終日)。CSR(顧客対応)2人、総務2人、契約社員(担当は業務全般)2人の計6人は2、3日に1回のぺースでローテーションを組み、出社した。顧客から大量の契約書や申込書が郵送もしくはファクスで届くためだ。

 CSRの2人は、5月末までは1日分の書類を2日で処理した。慣れるまでの10日間程は物理的な負担を感じていたという。2人は個人情報の扱いの社内ルールを再確認のうえ、自宅に持ち帰り、作業をした。開始後1週間は慣れないこともあり、スキャナーが各自の思い描いたようには稼働しなかった。社長の浜中健児氏は「在宅でのスキャンが、今回唯一の盲点」と話す。

 営業の5人は、既存の顧客との信用強化に力を入れた。経済、金融、保険のタイムリーな情報をメールやZoom(ビデオ・ウェブ会議アプリ)を使い、顧客に迅速に繰り返し伝えた。

 オンラインや在宅勤務が浸透したことで、営業の質が変わると浜中社長はみる。「オンラインでは事前の準備が大切。商品知識、トークなどの段取りが念入りに求められる。足で稼ぐ従来型では通用しない。社員間の業績の差がつきやすくなる。成果主義を浸透させていくのが、公平な処遇になる」。

 6月からは全員が通常どおりに出社しているが、引き続き在宅勤務を1つの就労スタイルとして認め、状況に応じて活用する予定だ。

働き方の選択肢が増えたCGプロダクション

 「CGプロダクションでは、在宅勤務導入は難しいと思われてきた。しかし始めてみると、想像以上に生産性をキープできた。4、5月は通常の7、8割に下がったが、6月は元の水準に戻りつつある。働くうえでの選択肢が増え、経営の在り方に幅や厚みが出てきた」

 映画、ゲーム、アニメと幅広いジャンルのCG映像制作業のGEMBA(名称・ゲンバ、渋谷区)社長の工樂(くらく)英樹氏が語る。

 3月上旬、システム担当者が感染拡大を察し、在宅勤務の導入案をまとめた。全社員約70人が同時期にスタートすると混乱が生じると想定し、中旬から1週間ごとに各部署で数人ずつ始めた。社内全体で毎週15人程が自宅で仕事をスタートする。

 問題点や課題はチャットツールを使い、全社員で共有し、随時改善した。数人の社員が自宅でのネットワーク回線が十分には整備されていないために、やりとりが一時的に遅れる場合があった。会社として補填費用を負担し、早急に回線を引いて対応した。

 4月中旬に、全員が在宅勤務をするようになった。納期に遅れないために、オンラインミーティングを増やし、進捗や問題点を確認し合った。社長、役員、営業部を中心に各自の労働時間や心身の状況を出退勤や在籍管理のソフトを通じて毎日念入りに確認した。

 4月、5月に1回、6月に2回、全社員を対象に意識調査を行い、特に労働時間と健康状態の項目の回答を精査した。産業医との面談は継続し、希望者を募り、悩みなどを打ち明ける機会もつくった。

 「在宅勤務では、オンとオフとの切り替えがうまくできないケースがあると事前に聞いていた。メンタルヘルスケアを徹底させたことで、大きな問題は生じなかった」(工樂社長)

 6月からは、20~30人が出社した。各部署の案件やプロジェクトの状況を検討し、1カ月ごとに人数や出社する社員を決めることにした。4月入社の社員3人の教育は在宅勤務では難しいと判断し、当分毎日、出社としている。育成担当者をそれぞれに1人付けて指導を続ける。今後も、出社の社員が20~30人の態勢を当面維持する予定だ。

生産性を大きく向上させた大手ハウスメーカー

 大企業の中には、新たなサービスの開発に着手するケースがあった。大和ハウス工業(大阪市、芳井敬一社長、約1万7千人)は2月25日、全社員に在宅勤務を推奨する内容の通達を出した。社員の安全確保および事業の安定的な継続のためだ。緊急事態宣言中は事業所を閉鎖し、全社員を原則在宅勤務とした。発令解除までに、出社したのは一部の限られた社員だけだった。

 住宅商品開発部住宅商品戦略グループは、在宅勤務を快適にできる空間(部屋)を3月から5月にかけて研究開発した。仕事に集中できる防音仕様のクローズド空間「快適ワークプレイス」と、仕事と家事や子育てを両立可能なセミクローズ空間「つながりワークピット」だ。

 同グループは、4月中旬に全社員を対象にウェブアンケートを実施した。在宅勤務での困りごとや願望を尋ねたものだ。多かったのは「仕事専用の空間が欲しい」「子どもの様子を見ながら仕事のできる空間が欲しい」などだった。

 アンケート結果をもとに空間デザインのプランを練る時に効果を発揮したのが、マイクロソフトのチームス(Microsoft Teams)を使ったオンライン会議だった。2019年3月から全社での使用を開始した。

 「会社でのテレビ会議の場合、会議室を予約する必要があり、使用できる日時を確認する手間や参加者のスケジュール調整も必要だ。オンラインではすぐに開催できる。状況に応じて、他の部署の社員にもその場で参加してもらえる。従来の会議に比べ、ものすごい速さで議論が進む」(太田洋介主任)

 アンケート結果を踏まえたプランニングのスピードも速かったという。6月1日に、前述の2つの空間をリリースした。現在、全社員の半数をめどに在宅勤務をする。

大企業から中小企業まで 「在宅勤務」奮闘最前線
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スポーツクラブではオンラインレッスンを導入

 スポーツクラブは大手から中小まで、自治体から休業要請を受けた。全国や海外に計175カ所の施設を保有するルネサンス(墨田区、岡本利治社長)は4月8日から順次、5月31日まで臨時休業にした。社員やインストラクター、会員(顧客)やその家族、取引先などの安全確保のためだ。

 クラブやジムで会員にレッスンをするインストラクターは、約6500人。内訳は契約社員やアルバイト契約が、約3500人。フリーランス(業務委託)契約が、約3千人にのぼる。

 4月から一部のジムで実施し始めたのが、オンラインレッスンだ。インストラクターが自宅でパソコンを使い、エアロビクスやヨガなどを受講生に教える。受講生もまた、自宅でパソコンやスマホを通じて参加する。双方が使用するのが、Zoomだ。1年程前から、社内の会議で使用し、社員やスタッフは扱いに慣れている。

 「あえて特別な機器やソフトは使わず、使い勝手がよく、親しみやすいZoomにした。そのほうが、インストラクターや受講生に負担が少ない。受講生の心理的な抵抗感も減るようだ」(業態開発・施設開発担当部長、武藤亮夫氏)

 受講生へのアンケート調査では、「インストラクターの動きが最前列で見えていい」「家族と一緒にできた」「家にいながらしっかり汗がかけた」などの声が多かったという。4月は無料レッスンとし、5月の連休中は1回(平均30分)につき、受講料は330円。6月15日から正式に新サービスとしてスタートしたが、1回につき、550円。1カ月の契約で全レッスンを受けても、月額3300円だ。

 同社では、インストラクターの活躍の場を増やす観点からも、今後、自宅で教えるスタイルを増やしていく予定だ。

 現在、本部の営業や管理部門の社員には在宅勤務を推奨している。出社率は本部勤務では約半数。「全社員の就労スタイルを一律に、一方的に決めることはしない。各部署や現場、個々の社員の実情に応じて出社や在宅勤務を選ぶようにしたい」(人事部長、日野俊介氏)。

 近く、全社員を対象に4~6月の就労状態などについて実態調査をして今後の働き方を検証する考えだ。

在宅勤務の成否は日ごろの取り組みが鍵

 筆者は、この5年間で5社の働き方について、それぞれ2~5回取材してきた。いずれも各部署やチームの仕組み作りに日頃から力を入れている。自由に意見が言える風土や支え合う文化、情報や意識の共有などだ。そのための社内イベントや行事、施策が多い。リアルな職場でうまくいくからこそ、在宅勤務はできるのだ。今のマスメディアや社会に欠けている視点に思えてならない。